起業家であり続けること

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イチロー選手の引退や、先輩起業家のKiyoさんの米国での挑戦を見ている中で、現役の起業家であり続けること、について考えさせられたので、ブログに書きました。

プロの選手であり続けること

先日、イチロー選手が45歳で現役を終えました。イチロー選手の引退会見で特に心に残った言葉が「イチロー選手が貫いたことはなんでしょうか」という質問に対して、『野球のことを愛したことだと思います。これは変わることはなかったですね。』と答えたことでした。28年間の現役生活で、プロ野球選手であることの酸いも甘いも経験した上で、この言葉が出てくることが印象的でした。

イチロー選手は、華麗なる引退を選ばず、最後まで野球選手であり続けようとした選手でした。

しかし、どれだけ努力する才能があっても、スポーツ選手は年齢による肉体の衰えに影響を受けます。イチロー選手ほどの選手でも、それは避けられなかったようです。これに対する、イチロー選手の悔しさは推し量れないものがあります。

最低50歳まで現役を目指したイチロー選手はもちろんのこと、肉体的な限界がなければ、もっと長く現役でいたいスポーツ選手は少なくないはずです。

起業家の現役

起業家もプロのスポーツ選手同様、勝負の世界に生きています。顧客、従業員、投資家などを利害関係者に持ち、数字や結果で評価される厳しい世界です。

ただ、起業家はスポーツ選手と違い、肉体的な衰えが比較的パフォーマンスに影響を与え難いように思います。

むしろ、一見、経験を重ねれば重ねるほど、結果を残せば残すほど、そこで得た知見や信用を活かし、更に大きなリスクを作り出し、更に大きな事業が作れるようにも思えます。

もちろん、ピュア・コンシューマー向けのプロダクトなど、若さがアドバンテージの分野もありますが、統計的には、シリアル(連続起業家)や年齢が高い方が成功確率は高い傾向にあるようです。

実際に多くの事業やプロダクトを作ってきた、イーロン・マスクやジャック・ドーシーなどの起業家は、それを実現してきました。しかし、ここまで連続した大成功ではないにしても、現役の起業家であり続ける人は、意外と多くないように思います。

シリコンバレーでさえ、彼らのように、成功を重ねても尚、大きなリスクを作り続ける人はそれほど多くない印象を受けます。

なぜ現役ではなくなるのか

プロスポーツ選手の世界では、プロの世界ですし、枠も限られているので、結果が出せないのであれば、誰かに席を譲るしかありません。各々が選手の寿命と言われる期間を迎え、自分の結果と身体と相談しながら、引退の時期を決めていきます。

イチロー選手を含む多くの選手がそうやって引退を決めてきました。では、なぜ一見プロとしての寿命が長い起業家が、打席に立ち続けることをやめてしまうのでしょうか。

もちろん、全ての人が起業家であり続けるべきだとは思いません。起業家は不確実性やストレス性の高い職業ですし、大変な仕事の上に、ほとんどの会社は失敗します。金を稼ぐため、有名になるためだったら、もっと楽な方法はいくらでもあります。もしかしたら、長く続けるような職業ではないのかもしれません。

また、起業してその結果に満足した場合。やってみた結果、向いていなかった場合。他にやりたいことができた場合など、人によっては、起業家を続けるべき理由がない場合はもちろんありますし、それは人それぞれの人生です。

それでも、起業でなければ達成できないものがある人は、起業家という生き方を選ぶのだと思います。今回は、現役を望む起業家が、起業家でなくなってしまう時はいつなのか、それに関して考えたことを書きたいと思います。

起業家はスポーツ選手と違い、年齢とは別の理由で現役であり続けることが難しい何かがあるのかもしれません。

多くの起業家が、現役ではなくなってしまう場面は大きく分けて、1)一度目の起業で懲りてしまう場合、2)連続起業家が潜在的な恐怖を抱いてしまう場合、の2つがあるのではないでしょうか。

一度目の起業で懲りてしまう

具体的な数字はありませんが感覚的に、一度目の起業で懲りてやめてしまう人は多い気がします。これは、起業家がストレスの多い職業なので十分理解できます。

そのストレスを感じる原因は、主に経験のしたことがない問題に直面した際に生じるものです。これは、会社を続けて経験を積むと、「よくあることだ」と考えられるようになり、冷静に対処できるようになっていきます。また、自分がまだ経験をしていない問題に対しても、過去に誰かが同じ問題を経験している場合があるので、外部から学ぶことで、問題に対して事前に、もしくは迅速に対応でき、ストレスを軽減させていくことができます。

それでも、スタートアップはどこまでいっても課題や問題は尽きませんし、1度目の起業であれば尚更、高いストレスを感じる日々が続くでしょう。

上記に加えて、多くのファースト・タイムアントレプレナー(一度目の起業家)は、スタートアップというものは、Facebookやメルカリのように急スピードで成長し、劇的に成功するのだという大きな期待を抱いてしまうこと。(※もちろん、急成長を目指すべきですが。)そして、現実と期待のギャップを全て自分の実力不足と受け止めて、心が折れてしまうことも、一社目で懲りてしまう原因のような気がします。

ただ、実際に起業をしてみると、そうではなく、成功には時間がかかること、失敗から学び続け、最後に勝つことが起業家という生き方であることを知ります。

1社目を失敗しても、懲りずに2社目、3社目と続けることが、起業家としての成功確率を上げることではないでしょうか。そう考えると、たとえ失敗しても、1社目でやめてしまうのは損です。

『やり続けている限り失敗ではない』という言葉は有名ですが、実際に続けることは簡単ではないのも分かります。自分の実力不足や失敗を認めたり、人の期待を裏切ったりすることは、精神的に大きな負担がかかります。なので、起業家が失敗をしても、2社目、3社目と挑戦しやすい空気感を作ることは、スタートアップ界にとって、起業家を支える上でとても重要なことだと思います。

Uberに投資をしなかった投資家

Uberの初期投資家でもあり弊社Anyplaceの投資家でもある、ジェイソン・カラカニスは、失敗した投資先に、「次に会社をはじめる時は、必ず一番最初に俺に電話をかけてこい」と言っています。

彼がしていた面白い話で、Uberの創業者のトラビスは、Uberが3社目の起業なのですが、1社目は倒産、2社目は$23M(約23億円)の小さなエグジット(売却)、そして3社目にUberというホームランを打ちました。しかし、2社目に投資をした投資家は、誰一人、3社目のUberに投資をしなかったそうです。その中には、著名投資家のマーク・キューバンも含まれています。

Uberの上場時にマーク・キューバンがトラビスに向けてしたツイート。9年前にメールでUberへの投資を断っている。

これを知ったジェイソンは、たとえ倒産や小さなエグジットでその会社が終わってしまったとしても、起業家はその経験から学び続ける。ならば、その時点の失敗で起業家の評価を決めるのではなく、そのファウンダーに張り続けることが将来的に、スタートアップ投資という世界で、多くのリターンを手にする方法なのではないか、と考えるようになったそうです。

このようなジェイソンの姿勢が、彼がシリコンバレーで一流のエンジェル投資家だと評価される所以だと思いますし、彼のような姿勢の投資家が多いことが、シリコンバレーが世界的なスタートアップを生み出し続ける理由なのかもしれません。

良いチャレンジであれば、失敗した起業家にも張り続ける。こういった考えがもっと広まることで、起業家は失敗から学び続け、育っていくのだと思います。

連続起業家の恐怖

一方で、一度エグジットを経験した起業家は、その経験や、そこから得られた資金、信用をもとに、更に大きなリスクを作り出し、更に大きな事業が作れそうな気がします。しかし、実際はその逆で、リスクを作り出し更に大きな事業を作るのに挑戦する人が意外と少ないように感じます。

一度目の起業家(ファーストタイム・アントレプレナー)や失敗組は、上を見るしかないので、思いきりよくバットを振っていくのみですが、一度成功を経験した起業家は、更に大きなリスクを作り出し続けることが難しくなる理由が何かあるのかもしれません。

それには、評判を失う恐怖や、忘れられる恐怖などの潜在的な恐怖感があり、それらとうまく付き合えないと、いくら実力がある人でも、失敗を恐れ、挑戦を躊躇してしまうのではないでしょうか。

評判を失うことは、文章で見るとなんてことなさそうですが、実際に経験するのはとても怖いことでしょう。一度結果を出すと、何者でもなかった頃と打って変わって、周囲が自分の存在を認めてくれます。そして、ついこの前まで何者でもなかったのにも関わらず、何者でもない自分に戻ることに本能的に危機感を感じるようになります。

得た評判を失わないようにするには、失敗があらわになるような大きな挑戦をしなければ良いので、次第に、また無意識に、評判という守るべきものによって、リスクを作り出すことを躊躇するようになります。

また、現役の起業家であり続けるには、忘れられることを覚悟する必要もあるでしょう。連続起業家が、更に大きな結果を狙うと、失敗するリスクも高まります。このような更に大きな挑戦をするには、事業が数年うまくいかない覚悟が必要です。周囲は短期的な視点で評価し、その人が作り出しているリスクの質や方向を重視しないので、事業がうまくいくまでは、チヤホヤしてくれる人も減り、世間から見たら次第に「あの人は今」状態になっていくのでしょう。

上述したように、連続起業家には、成功によって一度得たものを失う恐怖が、無意識に生まれるのかもしれません。しかし、起業家としての素質がある人が、起業家を続けられないのは、とても勿体無いことだなと思います。起業家の本質が必要なリスクを作り出すことだとすると、それができなくなればなるほど、成功や現役からも遠ざかります。

私が兄貴分として日頃からお世話になっている先輩起業家のKiyoさんは「成功するほど、失敗しにくくなるのではなく、成功するほど失敗を避けるようになる。」という言葉で、この状態を表現していました(本人にその気配はありませんが…)。

これに関しても、シリアル・アントレプレナー(連続起業家)がもっと挑戦しやすい空気を作ることが重要なのではないでしょうか。

シリアルこそ大きなリスクを作り出せるのだから、リスク・リターンの原則を考えれば、大きなリターンを狙うほど、失敗の確率も上がります。なので、彼らに、2度目以降の成功をすぐに求めるのではなく、できるだけ大きなリスクを作り出してもらえるような空気感、を作るべきだと思います。連続起業家が小さなリスクで小さな成功を狙うことほど悲しいことはありません。彼らには、数年間はうまくいかない覚悟で、必要なリスクを作り出し、大きな事業を作ってもらう。これこそが、結果的に、スタートアップ界全体にとってプラスになる周囲の姿勢だと思います。

一度エグジットをした起業家には、エンジェル投資は趣味程度に抑えていただいて、どんどん現在進行系で挑戦してもらう。現在進行系で失敗していない連続起業家はダサいという空気が必要なのではないでしょうか。

シリコンバレーで挑戦し続ける日本人連続起業家

私がシリコンバレー・サンフランシスコで兄貴分として日々お世話になっているKiyoさんは、現役で必要なリスクを作り出しながら挑戦し続けている稀な連続起業家です。Kiyoさんは、日本でKDDIに会社を売却後、ベイエリアに移住し、自身の資産をオールインして、数年間プロダクトを作り続けています。

知名度も信用もある日本で、もう一度会社をやったほうが難易度は低いだろうし、米国でやるよりも短時間で再度成功できたでしょう。米国でやるとなると、英語というディスアドバンテージもありますし、米国では日本での数十億円規模のエグジットは、アクハイヤー(人材獲得を目的とした買収)レベルで、敬意はあってもそれほどちやほやされる実績ではありません。そのような日本の実績が全く役に立たない地で、挑戦し続けている日本人の連続起業家は多くはありません。

また、これは連続起業家のみならず、米国で非ネイティブスピーカーの移民として挑戦する場合、事業の芽が出るまでに数年間は時間がかかると思います。早ければ3年、長ければ5年以上かかるかもしれません。多くの人がはじめの3年以内に心が折れ、日本に帰っていくのを見てきました。こちらでやるには、傍から見たら、最初の数年を棒に振る覚悟が必要です。その数年間は、焦燥感や悔しさ、恐怖と付き合い続けなければなりません。

日本の連続起業家で、その空白の数年間が生まれるリスクを作り出してまで、米国で挑戦し続けられる人を、私はKiyoさん以外知りません。感情を表にこそ出しませんが、数年間悔しさや焦燥感の連続だった思います。傍から見たら、Kiyoさんの選択肢は、なぜ?と思えることなのかもしれませんが、これこそが起業家としての生き様だと私は思います。

私は、全員が全員、シリコンバレー・サンフランシスコで起業すれば良いとは思いません。その人の目指すものや、生き方は人それぞれです。一方で、多くの能力や素質のある日本人起業家が、シリコンバレーに憧れ続けながら、それをせずに起業家としての人生を終えるのは勿体無いと思います。実力があるのにも関わらず、語学力のせいや、数年間の時間を投資として失うのをためらい、日本という限られた場所でその才能や能力を留めておくのは、本当に勿体無い。特に、連続起業家のような、実力を既に証明した人に対しては、尚更そう思います。

私が尊敬する起業家でZoomの創業者であるエリック・ヤンがいます。彼は中国からの第一世の移民の起業家で、英語も完璧ではありません。上手ですが、年をとってから米国に移民したので、非ネイティブの訛りがかなりあります。それでも、Zoomというプロダクトを世界中に広め、ナスダックに上場させ、現時点で$2B(約2兆円)以上で評価される事業を作りました。

彼の他にも非ネイティブの移民で、米国で大きな事業を作っている創業者はいます。日本人だから、英語が第一言語でないから、といった理由が、米国で大きな事業が作れない理由になるとは思いません。

米国でもっと、Kiyoさんのように、その素質と時間を投資できる起業家が増えたら、日本人がZoomのような大きな事業を米国で作る日が来るのではないでしょうか。私自身もそうなれるよう精進していきます。

起業家であり続けること

上述してきたように、起業家はスポーツ選手と違い、年齢とは別の理由で現役であり続けることが難しい生き方なのかもしれません。

一方で、現役であり続けることが、起業家として成長できる最善の方法であると思います。起業家が起業家であり続けるのは、自分との戦いであるのと同時に、周囲の環境による影響を強く受けます。

なので、前述してきたように、起業家が現役であり続けやすい空気感を作ることは、長期的にみて、スタートアップ界に求められる重要な要素のひとつなのではないでしょうか。

スティーブ・ジョブス、イーロン・マスク、ジャック・ドーシーなどの起業家は、金や名誉を手に入れても尚、大きなリスクを生み出し続け、現役起業家として、世の中にインパクトのあるプロダクトを生み出し続けてきました。

彼らが投資家になってしまったり、起業家でなくなってしまうことは、いちファンとして、寂しい気持ちになります。わがままを承知で言うと、彼らが今後も起業家として、世の中にどのようなプロダクトを生み出すのか、見てみたい。悔しくもUberの経営をスキャンダルで退いた、トラビスの次のプロダクトを見てみたいですし、TwitterやSquareといった数兆円で評価される会社を作ってきたジャック・ドーシーの次のプロダクトも見てみたいです。

いちファンとして、生涯現役で居続けて欲しい起業家は沢山います。いちファンとして、彼らの勝ちも負けも応援したい。その生き様は、本当にかっこいいと思うし、そういう人を理解し、評価し、応援する環境が、もっともっと広まっていくことを願っています。

ピーター・ティールやリード・ホフマンのように、PayPalやLinkedInなどの大きな事業を作ってきた元起業家でも、投資家向きの人もいます。むしろ、元起業家であったからこそ、良い投資家になれたのだと思います。

でも、起業家としての素質がある人は、本人が望むのであれば、生涯起業家でいて欲しい。イチローもジャックもイーロンもKiyoさんも、挑戦者・起業家として、みんなかっこいい。この人達と同じ時代に生まれてこれて、幸運だなと思うし、願わくば自分もそういう起業家であり続けたい。

現役であり続けようとする姿

イチロー選手の試合をはじめてサンフランシスコで観た日のことを、今でも鮮明に覚えています。マーリンズ(マイアミ)VSジャイアンツ(サンフランシスコ)の試合で、イチロー選手にとってアウェイの試合でした。

その試合で、イチロー選手が打席に立った際に、前の客席のおじさんが、自分の子供に「あれが俺のお気に入りの選手だ。」とイチロー選手のことを子供に説明していたのです。

しかもその席は、ジャイアンツ側のスタンドで、おじさんはジャイアンツファンだったと思います。当時のイチロー選手は、ピークは過ぎていて、試合も出れる日、出れない日があるような状態でした。

それでも、他国の観客(しかも敵チームのファン)に認められていたこと、認められるまでの努力の過程とその難易度、その全てに感動しました。そして、現役の選手として、打席に立ち続けようとした姿が、とてもかっこよかったです。

決して簡単ではないですが、自分もそうあり続けたいし、同じように挑戦する人たちを理解し、勝ちも負けも含めて、彼らを応援し続けたい。イチロー選手の、打席に立ち続けようとしたその姿を見て、そう思わされました。

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Co-founder & CEO of Anyplace (www.anyplace.com) シリコンバレー/サンフランシスコでAnyplaceという事業を作っています。